2011年6月 5日 (日)

営業トーク

仕事のことを書くのもなんだが、一応後で見返したときにああそういう時期だったよなと思うこともあろうかと書いておきますが、実は4月から会社で担当する業務ががらりと変わったのである。

それまで、いわゆるデスクワークだったのが、4月からはいわゆる営業ってものを担当することになっており、最近はほとんど出社せずに外を出歩いている。
会社の事情ではあるけれど、営業と言っても半年間限定で、要するに「営業の支援」という名目で応援部隊として派遣されているのである。
なので、半年経ったら元の部署に戻るわけ。
だから結局開き直りのようなそういう気楽さもありつつも、慣れない営業がどういうものか手探りでやりながらなのも結構気疲れするというもので、日々緊張である。

なにせ、毎日たいてい初対面の人と話をする訳で、時間が許せば深い話をすることになるが、そうはいっても多分もう二度と会わない人たちばかりである。
軽い世間話をすることがもう日課になっている訳だが、もうそれはほとんど地震の話で盛り上がることができ、例えばその瞬間どこにいたかっていう話は、だいたい会話が続いた。

その瞬間のエピソードを語ることで、その人の日常も垣間見えたし、バックボーンみたいなものも見え隠れした。
住んでいるところ、家族構成、出身地、などなどが地震の話には盛り込まれたので、自己紹介も兼ねて話ができる点で、こういってはなんだが話が早かった。
俺の場合は、地震の話から歩いて家に帰った話→自宅が目黒→目黒で新婚→4月に結婚式→嫁の出身が福島→両親の避難、という黄金パターン(?)が構築されていた。
そこから後は、嫁の仕事、両親の避難先、原発の話などなど質問に答えていけば会話はしばらく保たれた。
もちろん、相手の話が面白いこともあったが、多くの場合、俺が口にするワードのどれかに相手は食いつくことになった。
決して大笑いできる話ではないけれど、人に興味を持たれる話題に事欠かなかった。

さて、今日はこれから赤プリに滞在中の(いや避難中の)福島の両親と会食である。
赤坂でお寿司(廻らない)を食べることになっており、両親としては残りわずかな東京ライフの、そろそろ締めくくりに入っているらしい。
日々を都会のめくるめくイベントへの参加で楽しく過ごしているようで、今日もその話をまとめて聞いてくる。

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2011年5月22日 (日)

今月2度目の駅伝!

今日は荒川で谷川真理駅伝!
これで今月は2度目の駅伝出場である。しかもたまたま二つとも荒川。
さらにいうと、今日は超がつくほどの炎天下で、真夏のよう!これも前回と同じであった。

今回まかされたのは5キロと距離は短いが、真夏のような照りつける太陽の下は、なんとも過酷で倒れる人も続出のようである。
会社の人たちと出場している今回の駅伝だが、去年は大雨だったからなんだか極端ですねとか話しながらスタートを待った。

いっこうに曇ることなくスタートの号砲。
各所で応援をしながら、第一走者から第三走者まで無事にたすきがつながると、いよいよ自分の出番である。
5キロといえば、1キロ4分ちょい=20分で行けるという計算。
しかし、最近の不摂生と気温の上昇を鑑みると22分がいいところである。

たすきを受けて飛び出せば、灼熱のアスファルトは容赦なく、上にも下にも逃げ場のない熱量である。
調子はというと、それほど悪くない入りを実感し、最初の1キロは3分31秒。早すぎる!
その後、実は腕時計の操作に失敗し、1キロごとの計測が果たせなかったが、徐々にペースは落ち着いて、4分30秒くらいの体感で走った。
目一杯の走りである。
なんとか、ずるずる後退しないことで精一杯。
ラストスパートもほんのちょっとエンジン吹かした感じか、それでも一応、もった。

結果は21分54秒で、なんとかこの日の目標は達成した!
キロ平均は4分24秒であった。

暑い暑いと言いながら、帰りがけにみんなで行きつけのインドカレー屋さんで、巨大なナンを食らったため、この日のカロリーはあっという間に取り戻したものの、充実のレースとなったのでした。

つぎは、もう秋のレースになるのか・・・。だいぶ先だな。


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2011年5月 7日 (土)

今年のGWは

我が家のGWは、奥さんが休日こそ仕事なのでもっぱら俺っちは一人で過ごすことが多い。
朝に奥さんを仕事に送り出してからは、大リーグ中継を見ながらパンを焼いて食べて、一息ついたらプレステのゲームをがっつりやるか、自転車でツタヤとブックオフに出かけて立ち読み&買い物をしてかえってきて・・・と悠々自適な一人暮らしみたいな時間の過ごし方をしている。
奥さんの帰りが遅い場合は夕飯もすごく適当なもの、お弁当を買ってきて食べるとか、そういうのもまるっきり男の一人暮らしである。
午前中に大リーグを見て、昼間からプロ野球のデーゲームを見て、夕方からナイターを見るというこの自由さ!

とはいえ、ずっとそんな調子でもなくて、いくらかの間隙を縫って軽く旅行に行ったりもできたのはラッキーであった。
また、恒例の藤木とのトレランにも行けたし、そうそう、ランニングという観点から言えば、このGWは結構充実したものになった。
ちなみに明日は荒川で駅伝大会に参加する!

本当は4日は春日部マラソンだったのに、地震の影響で中止になってしまっていた。
最近は走る量が激減していたからどっちにしろ練習不足でろくなことにならなかったと思われるが、それでももう通常通りにランニングしたい気分にはなっており、GWはもっぱら自主ランニングに精を出した。
館山への旅行では、ホテルでの朝、南房総の海岸を走った。
トレランは今年は御岳山に行って走った(実際は険しい山道のため歩きの方が多かったけど)。
おなじみの洗足池にも行ったし、その先の池上本門寺まで足を伸ばせたのは大きな成果となった。往復で16キロだった!
昨日も近所をジョギングし、そして明日の駅伝でまかされた距離は10キロである。

それでも、最近の悩みは徐々に体重がまた増えつつあるってこと!
4月にランニングをさぼり気味だったのと、会社での歓送迎会の多さに自制を失って、飲み食いしすぎたのが今たたっている・・・。
それに加えて普段からも、わかっちゃいるけれど、ラーメンにはライスをつけたし、カレーにはカツをのせた。
パンにはたっぷりマーガリンをぬるし、唐揚げ定食にはマヨネーズを添えた。
肉じゃがとコロッケを愛し、ひじきと納豆を憎んだ。
自分への言い訳に漬け物や千キャベツをもりもり食べたが、焼け石の水であった・・・。

走るのが趣味だと言って結構な距離を走ってはいるが、まったく説得力のない見た目が残念極まりない・・・。
そういいながらも、今夜は近所のインド料理屋に行くつもりである。
ここのナンがまるで赤ちゃんの敷き布団くらい大きくて、カレーも種類が豊富でうまい!
インドのビールとともに、激辛にお願いしたマトンカレーを食べるのは、この世の喜びの一つであり、それを自制するのはなかなか至難の技だよな、と思いつつも、せめて走る距離はどんどんのばしていこうと思う俺様なのでした。

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2011年4月26日 (火)

高尾山トレラン!

日曜日の高尾山口駅前は、登山客であふれていたけれど、懸念していたコインロッカーががら空きだったのは助かった。
トレイルランにはなるべく軽装で挑みたいところで、コインロッカーには着替えなどの荷物を入れた。
なんといってもトレランの魅力は普通は歩く山道を、あえて走るところにある。
通常のランニングの格好に、補給すべき水分をリュックにしょって我々は出発した。
メンバーは、いつものエレクトラメンバーで、総勢5人の男たちである。

高尾山といえば都内でももっとも人手の多い山で、特にこの日は天気もよくて、テレビでよく見る渋滞で山道が進めないなんてことになったら困っちゃうよなと思いつつも進んでみると、案外道は空いている。
人が大勢押しかけたところで分散するわけで、当たり前のことだけれど高尾山は広くて大きいということを実感したものでした。

我々は高尾山頂上をかすめて、城山、景信山と制覇した。
登りの山道は歩くものの、山から山へ渡る稜線は概ね駆け抜けるのがなんとも気持ちよくて、また景色は最高にいいし、富士山も見えれば相模湖も見えて、さらには山桜が満開の見ごろに遭遇することも出来た。
もちろん、体力的にしんどさはあるけれども、それを軽々と凌駕するすがすがしさがそこにはあって、普段は到底やれないであろう、3時間を越す長い時間を歩いたり走ったりしながら過ごした。
時間が気にならなかった。
下山してきてみんなで飲んだビールは格別であった。

高尾山口から送迎バスが出ている日帰り温泉にみんなで立ち寄り、ゆっくりと疲れを癒したところで帰宅となったが、帰りの電車ではみな爆睡である。
大自然とセットの、遠足のうきうき感がこの一日は持続したものでした、。
GWにもまたトレランをやる!

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2011年4月19日 (火)

久々の皇居ラン

土曜日に久々に皇居ランを決行!
最後に走ったのが3月9日だったので、ほぼ丸々1ヶ月休んでしまったことになる。

4月はハーフマラソンとフルマラソンの予定だったけれど、当然のことながら中止になってしまったが、もし実施となったとしても練習不足で半端なタイムしか出せなかったであろう。
結婚式の準備も忙しかったし、どっちにしろ、集中力も持続力も欠けたレースとなってしまうところ、今回の件はそりゃ残念だけれど、とてもじゃないけれどちゃんと走れる状態ではなかった。

といったところで、近々のレースもなく、プレッシャーのない皇居ランである。
久しぶりだから軽く2周(10キロ)ということにして、走り出すとさすがにすぐに息も上がるし、ブランクを感じないわけにはいかない。
終わってみれば太ももに張りもあるし・・・。

でも、春の心地のよい陽気の中走って汗を流すのは相当なリフレッシュだった!
一緒に走った川野辺とも話したが、こうして普段どおりに戻っていかなければならないし、そうすることで次へのステップにも拍車がかかるというものだろう。
ポジティブな肉体にこそポジティブな精神は宿る、と信じてこれからたくさん走る!

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2011年4月12日 (火)

結婚式を終えて

今日は築地の阪急ホテルで朝を迎え、そこから普通に出社!
そんなに酔っぱらってなかったし、頭が重いとか体がだるいとかも特になく。
ただまあ、日中はすごく眠かったなあ・・・。

でも会社の人たちには、ホットな感想をたくさん聞けてよかった。
一次会も二次会もそれぞれ来てくれた人がいたから、どっちに関しても様々な感想があって、でもみんなそろって好評で、とくに「あれは結婚式というより一大エンタテインメントだったね」というのと、「二次会の会費9000円は安い!」というお言葉がいただけたのは感激だったし、よかったと思ったものでした。
やっぱり、やるからには「我々が楽しいと思えるものを、みんなが楽しいと思える」というところで全力の構成にしたが、でも終わってみて思うのは、余興の友人や会場のスタッフなど、関係者全員のがんばりがあってこそのすばらしい式で、我ら二人のおかげでどう、というのは本当に少なかった。

いくつも書きたいところはあって困ってしまうのが今の正直なところです。
抜け殻になったかというとそうでもないのは、この後写真とかビデオとかが仕上がってくるし、それを見ながらかそれ以前でもいいけれど、みんなの感想を聞きたいし、「ぜひうちに遊びにきてね」というお言葉もたくさんいただいたから、それを真に受けていろんな所に行かなくちゃならない。
そうすると効率よく予定を入れていかなくちゃならないし、順番にかあるいはまとめてか、とにかくスケジュールを組まなくちゃいけないから、忙しい。すでに3組はもう予定を決めた。
というわけで、しばらくは結婚を終えても、終えたなりのイベントが目白押しである。

感想の聞き取り行脚とも言うべき、この活動は、いまこの瞬間だけのことではなくて、実は末永く続く。
要するにみんなとの関わりの連続が、私たちの人生そのものなので、今後何十年も、私たちは誰かに連絡して会いに行くし、あるいは誰かからの連絡に応じて会いに行く。
結婚式は、だから、長い人生のギアみたいなもので、おりゃっとギアを入れたらまた勢いよく、未来に向かって走り出すのでした。

なにはともあれ、みなさん、ありがとうございました!

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2011年4月 1日 (金)

予感

一時的に我が家に避難してきていた妻の両親も、ご友人の紹介で仮の宿ながら長居できる施設に宿泊できることとなり、先日そちらに移りました。
長らくのジプシー生活で落ちつかなそうではあるけれど、行く先々で楽しみを見つけ、今回も運がよかった思いえる移転で、つくづくご両親には不幸中の幸いである。
立場はだいぶ違うけれど、、もしも自分が似たような避難生活を強いられたらなかなかしんどいよな・・・。

地震以来、ジョギングをしていなくて体がなまっており、でも気分的にも走りづらいのもそうだけれど、なにしろ時間が足りないのが最近である。
ついに、ついに今月10日は我が念願の結婚式!!
その準備に終われる日々で忙しく、確認につぐ確認の合間に、制作物に手をつけている状況で、さすがに焦ってきている!
日中は会社だから進められないのがもどかしいが、妻がその分フォローしてくれている。
おかげでだいぶいくつかの目処が立ったものがありほっとしているところもあるけれど、まだまだ、完璧には程遠い・・・。

こんな時期だけれど明るくやるつもりだし、夢に見た晴れ舞台は完璧に成功したい!
来ていただける皆様には最高の思い出となるような場になりそうな、予感はあります。
そのうれしい予感に身を震わせては、焦る日々です。

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2011年3月21日 (月)

緊急避難

地震そのものは平気だった妻のご両親だったが、今度は原発の屋内退避圏内に入ってしまった。
政府の発表では健康に害のある数値ではないようだが、不安だし不便である。
物流も滞りがちで、まるで汚染地域みたいじゃないか!という状況で、これには市長もその憤りをNHKのニュースで爆発させていた・・・。

結局、ご両親は上京することを決めた。
幸いなことに、地震の3日前にガソリンを満タンにしていたため、宇都宮の友人宅まで行けるとのことで、そこからは新幹線で東京へ向かう。
そして昨日、ついに我が家へやってきたのでした。
長い旅路で大変だったと思うけど、とりあえず、元気な姿を確認できてよかった!

ご両親はそもそも前向き思考で明るい人で(妻もその遺伝子の多くを受け継いでいるが)、東京へ来てもまったく悲壮感がないところがすばらしい!
むしろ、この緊急事態も楽しんでいるみたいで、話を聞いているこっちがずっこけることも多い・・・。
東京初日に定食屋に入ったところ、勘定のときにとてもおいしかったですとかそういう声をかけたタイミングで、店主と会話になって、それで「実は福島から避難してきたんです」と言ったらかなり同情されたんだと。
でさらに会話になって、結局焼きたての大判焼き4個をもらったと、そういうのをうれしそうに話してくれた。
「別に避難者アピールをしてるわけじゃないのよ」と言いながら、本気か冗談か今度はどこで言おうかしらと確実に想定しており、なんとたくましいご夫妻であろう・・・と俺っちは思ったものでした。

うちの狭い家でも山小屋みたいだと言い合いながら、のんびりくつろいでいる。
今日もこれから目黒不動尊とかなんとか軽く観光するつもりである。
緊急的な同居とはいえ、無理なくナチュラルに過ごせてしまう我ら・・・。
こういうときこそお互いに支え合って生きていこう!みたいな悲壮な決意を旗印に掲げるまでもなく、なんのことはなくやれてしまう我らで、本当によかった。
しみじみとそう思う俺っちなのでした。

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2011年3月12日 (土)

東日本大震災

昨日の午後3時、普段どおりデスクで仕事しているときでした。
徐々にしゃれにならない揺れが来て、慌ててデスクの下に隠れました。
長くて、強いその揺れは、今まで経験ないもので、正直すごくあせりました・・・。

直後に館内放送で建物の外へ避難。
その後も同僚としゃべりながら携帯で情報収集すると、見たこともないマグ二チュードが表示されており、東北地方がどうやら大変なことになっているらしいと知る。

その後、外にいながら大きな余震を感じ、建物が激しく揺れているのを見た。
あんな大きな建物が左右に揺れる様子なんて見たことなくて、恐怖した。
いつまでこのまま外に居続けるんだろう・・・とも思った。
寒いし、携帯だけでは情報が良く分からないし、電話もつながらない。
建物に再び入るのも躊躇われたし、いつまた大きな余震がくるのか分からなかった。

総務部の呼びかけで、1時間後にいったん建物内に戻る許可が出る。
つけっぱなしのパソコンも電源を落とし、帰り支度をして再び外へ出ると、もうその時点で帰宅許可が出る。

といっても、帰るにも電車は止まっていた。
タクシーで帰る人も多くいたが、その数は限られている。
バス停へ向かうも、バスはなかなか来ず、来たとしても満杯で乗れず。

というわけで覚悟を決めて歩くことにした。
職場は板橋区にあり、自宅は不動前。
歩いて帰れない距離ではない(あとで調べたら18キロだった)。

池袋、高田馬場、新宿、渋谷、恵比寿・・・と歩いてきたが、確かに人は多かったがみな冷静だったというのが印象としてある。
取り乱して大騒ぎする人もいなければ、怒鳴り散らしている人もいない。
みな粛々と各々の目的地に向かって歩いていた。

個人的には18キロはたいしたことない距離だったし、ルートも大体頭に入っており、それは図らずも普段のランニングの経験がいきたと思う。
また、携帯メールとネットはつながるので、外部とのやり取りは可能だった。
妻とはメールで話し、友達とはツイッターでつながった。

歩いていて気になるのは、飲食店の多くが閉店してしまっていることだった。
コンビニは責任上開店しているのかもしれないが、ファーストフードや喫茶店という時間をつぶすところが閉店だった。
歩いてでは帰れない人も多くいただろうに、銀行のATMのところに入るとか、カラオケ店に入るとか、そういうところの意外な街の動きを見た気がする。

東京は交通機関が止まった以外は、目に見える被害は少なく、歩くにもさほどの苦労は感じなかった。
渋谷の駅前で渋滞したが、それも一瞬のことだった。

自宅に着いたのは午後8時半である。
職場を出発したのが午後4時半だったから、ちょうど4時間かかった。
予想通りの所要時間で、ルートに迷うこともなく、初めての試みだったけれど、問題なくたどり着けた。

自宅では妻が待機しており、仕事の打ち合わせもなくなったとのことであった。
テレビをつけるも全貌は良く分からず。
妻の実家が福島県南相馬市だったが、なんとか電話もつながり無事は確認できた。
甲府の実家へも、東京の無事を含めて伝えた。
南相馬市は電気はついているようだが、断水である。
今後も余震の可能性もあるし、不安は続く。

一夜明けて、全貌が明らかになりつつある。
すさまじい惨状に言葉もない。
基礎だけが残っている海の町・・・、とてもじゃないが信じがたい光景である。

明日、TOEICのテストの予定だった僕ですが、HPを見たら中止になってしまった。
妻は今日も披露宴の仕事で三田へ出かけていった。
先ほど連絡を受けたが、列席者にも多数のキャンセルが出ているようだ。
1時間押しではあるけれど、決行する模様。
本来であれば掛け値なくめでたい席だが、今日ばかりは複雑な気分にならざるを得ない。

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2011年3月11日 (金)

三浦国際マラソン!

日曜日は三浦国際マラソン(ハーフ)に参加!
京急の三浦海岸駅が最寄りで、会場はまんま砂浜の海岸である。
コースは三浦半島をぐるりと回って帰ってくるようになっている。

昨年は冷たい雨と激しい寒風でコンディションは最悪、しかも初参加だったためにコースの展開もよく把握しておらず、アップダウンの激しさに面食らって、ほんとうにくじけそうになったレースだった。
でもまあ、結果的にはくじけずにがんばったので、1時間37分46秒となかなかのタイムでがフィニッシュしていた。

と、さて今回はというところであったが、天気は晴天、気温も高く、風もおだやかで言うことがない!
しかし、天気はさておき激しいアップダウンは健在なので、さすがに自己ベストは望めないものの、昨年のタイムを上回ることを目標とした。
コースもだいたい覚えているし、驚くこともないはずだと思っていたし、実際走ってみても想定どおりの展開になった。
このコンディションなら問題はあるまい、というのが最初の目算であった。

天気のよさは、日差しの強さにもつながり、体力の消耗が思ったよりも激しい。
まさかここまで、という陽気だったがそこはあわてずに、こまめに給水をとる。
三浦は3キロごとくらいの良い間隔で給水があって、絶妙だった!
距離表示も1キロごとにあって、ペースを組み立てやすいのもよい。
前半のタイムは以下の通り。
1キロ 5:00
2キロ 4:39
3キロ 4:43
4キロ 5:29
5キロ 4:47 とここまでで、24:38。
4キロ地点の急坂は心臓破り!
しかし、登りきったところからは遠く富士山がくっきりと見えた。ああ!
去年はこういう感動はなかったもんなあ・・・。
そのあとは、
6キロ 4:20
7キロ 4:30
8キロ 4:21
9キロ 4:08
10キロ 4:33 とここまでで、21:52。
というわけで、10キロが46:30。
中間地点までが 2:38なので、折り返しは、49:08であった。
このタイムを見て、単純に計算すると、フィニッシュタイムは、1時間40分切れるかどうかというラインだと知る。
調子は悪くないし、なかなかがんばっている気はしたが、さほどのことはなかった。
下り坂での加速を上回る、登り坂での失速・・・。
トータルでトントンでいけるかなと思ったけれど、予想以上に登りと下りのバランスは保てていなかった。

しかしそれはそれ、前回の最悪コンディションより遅く走るわけにはいかない。
パワーゼリーを流し込み、一気にやる気を出す。
折り返し地点、三浦半島突端の城ヶ島大橋、眼下に波頭、上空は快晴、全身に漲るスタミナは十分にある。

11キロ 4:34
12キロ 4:38
13キロ 4:11
14キロ 4:32
15キロ 4:29 とここまでの5キロが、22:24。
もっとも辛いところだけれど、この日はまだまだがんばれた。
あと「たったの」6キロだと心に念じた。
16キロ 5:14
17キロ 5:06
気持ちを切り替えてすぐに、急坂である・・・。だいぶもたついてしまった。
18キロ 4:03
ひざが壊れるかと思うくらいのスピードで駆け下りる!盛り返す。
19キロ 5:11
20キロ 3:54
21キロ 4:18
ゴールまで 0:23
ラスト2キロで、スパートをかける!少なくとも前回の記録は抜ける、とここでようやく確信した。
あとは、1時間37分を切れるかどうかというところ、でも厳しいか・・・。
フィニッシュタイムは、1時間37分13秒でした。
やった!ぎりぎりだけど!楽しかった!

今回も相当がんばったし、充実感はあった。
でもそれでも驚いたのは、去年はさんざんひどい目にあった印象だったのにも関わらず、かなりがんばっていたんだなということを実感したことであった。
危うく、去年の記録を更新できないところであったのは、意外だった。
進化しているのか?俺は?と、ちょっと疑問符だったけれど、まあ、でも三浦は天気のよさから臨む景色は他のレースにはなく、最高でした。
帰りはマホロバツインズ三浦というホテルで温泉につかり帰ってきました。
不思議と疲れもさほど残らないのは進化の証だろうか・・・。

夕方は中野でなぎさん&さえちゃんのダンス芝居を観劇。
失礼ながら疲れて寝ちゃうかも・・・という無礼におびえたが、なんのなんの、最後までばっちり楽しく見れました。
この日は5時半起きだったから、一日が長く感じる一日なのでした。

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